「夢使い」2006年クリスマス番外
 メリィペケマス
 十二月になって、何週間経ったのだろうか。
 土手に敷き詰められておた鮮やかな赤い落ち葉の絨毯は、十二月に入った途端に色あせてしまった。すっかり葉を落とした、灰色の桜並木が寒そうだ。
「寒ーっ」
 平谷ひらたに都輝とき――トキは、桜並木の下を歩いていた。持っている荷物の山の隙間から、眼鏡と黒い真っ直ぐな髪が見えた。
 右腕に業務スーパーのビニール袋、左腕にコンビニのビニール袋を掛けて、開いた手で紙袋を抱えている。紙袋に乗っているのは、街頭で配られていたポケットティッシュだ。マフラーがずれているが、直すことが出来なかった。
 トキが立ち止まって前を確認しようとしたとき、
「おわっ!」
「わぎゃーっ!」
 誰かにぶつかった。荷物が道に転がる。
  トキは慌てて、スーパーのビニール袋を引っ掴んだ。
「卵、卵、卵……よし、割れてない」
「なんや、天然記念物君やん」
 関西系の訛りがある口調。見上げると、ところどころ跳ねた髪の男が立っていた。花村飛滝はなむらひたき――ヒタキだ。高い背丈が、黒い細身のコートで強調されている。
  トキはビニール袋を拾い、立ち上がると言った。
「その呼び名はやめろ」
「えー」
「身軽だろ、紙袋持ってくれ」
「えー」
「店長は俺だ。別の職人、雇ってもいいか?」
「……わかったわかった。持ったらええんやろ?」
 ヒタキは渋々といった表情で紙袋を拾う。
「なんやこのティッシュ」
「道で知らない人がくれた」
 ヒタキはポケットティッシュを、片手で持った紙袋にねじ込んだ。
 
「いぇーい、到着ー!」
 "喫茶カノン"という看板の前で、ヒタキが立ち止まった。
 店のドアに"closed"と書かれた札が掛けてある。
「ちょっと待て、俺の方が荷物多いんだ」
 少し遅れてきたトキは、玄関先に荷物を置いた。
  ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。がちゃりと音がした。取り付けられた鐘の音を立てながら、ドアが開く。
  "closed"の札はそのままにして、二人は店に入った。
「ツバメちゃんは来ないのか?」
「もうじき来るで」
 カウンター席に座りながら、ヒタキが言った。
  トキはカウンターの中に入り込む。
「で、クリスマスメニュー、どうする?」
「ペケマス? 俺キリスト教徒ちゃうしなぁ」
「Merry Xmasをメリーペケマスって読んでるだろ。歳幾つ」
「数年前に成人した」
「……」
 トキはカウンターから身を乗り出した。
「で、どうする」
「どーもこーもなぁ。ツバメの方が得意やと思う」
「じゃあ、待つか」
 待ち時間は他愛もない話で埋めた。大学の先輩の就職先や、留年した後輩の話で持ちきりだった。十分ほど経つと、鐘の音と共にドアが開いた。
「とっくん、ヒタ兄、お待たせー」
 花村椿芽はなむらつばめ――ツバメがドアから顔を覗かせる。ツーサイドアップにした髪と、引きずるように持った黒いボストンバッグのせいか、幼い印象があった。
「待っていたぞ我が妹ー!」
「何よー、気持ち悪いやんか」
 ツバメは兄を避けて、席に着いた。
「早速だけど、クリスマスメニューのことで」
「クリスマスかぁ。そういえば知ってる? クリスマスって元々、冬至に太陽を讃えるお祭りやってんて。キリスト教がそれを吸収してー、たしかこの資料に……」
 ツバメはポケットから取り出した眼鏡を掛けると、バッグの中から書類ケースを取りだした。
  トキとヒタキが顔を見合わせる。
  そして、
「それだぁ!」
 二人で顔を輝かせた。
  トキは黒いエプロンをつけ、ヒタキは席を立つ。
「ヒタキ、パンプキンパイだ。レシピはあるよな?」
「分かった! レシピはあるで!」
「……ハロウィンと被ってるやんか」
「それから柚子茶だな、柚子ジャムあったか?」
「ない。作らんなあかん」
「……クリスマス、欠片もないやんか」
「これで冬至メニューも完成だな! ……あれ?」
「……あれ?」
 トキとヒタキが動きを止める。ツバメが、長いため息をついた。
「ほんまに"ペケマス"やんか」

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